格は難しいことじゃない

2015年6月18日

現代きものには、実はそれほど長い歴史と伝統はありません。長くて江戸時代、中には第2次大戦後に誕生したものもあります。ですから、きものの“格”自体、実は歴史的に重要な意味があるわけでも、明らかな根拠があるわけでもなく、『どこかのだれか』が言い出したことが伝わっているに過ぎません。私は、“格”とは難しい決まりではなく、安心を求める日本人特有の、実は逆に合理的なクラス分けのような気がしています。

例えば、そこそこのお呼ばれでも、とりあえず訪問着という形になってさえいれば恥ずかしくないのです。また、振袖を着ていればどこへ行っても怖いものはありません。“格”とは、特に洋服でも難しい正装の目安と考え、逆に利用すればよいのです。

きものと帯の“格”を合わせるというのも同様に目安と理解できます。フォーマル度の高いきものにカジュアルな帯を合わせないのが自然でしょう。それをどこで判断するかは別として、きものと帯を合わせるときに、なんとなく全体の雰囲気も合わせるということに過ぎません。この、目安と決まりを混同されているところが、きものを難しくしてしまっているようです。例えば、きものの柄に使われた1色を帯に使うとか、きものと帯は同系色、あるいは反対色で合わせるとか、織りのきものには染めの帯を合わせるとか、これらは全て決まりではなく、こうすると合わせ易いという目安、先人の知恵なのです。

留袖と振袖はフォーマル専用の別格とすると、訪問着以下で細かいことを言うのは、そろそろなしにするのはいかがでしょうか。お友達とのランチで訪問着もいいでしょうし、結城紬でパーティーや小紋でお子さまの入学式も問題ありません。もちろん服装は相手に対する敬意を表すものです。ただ、小紋でもそれは“きもの”です。だからこそ、格下のものを着ていると見るのではなく、いつものワンピースの代わりに、『わざわざ』きものを着ておしゃれしたと理解する心の豊かさこそが、きものに必要とされていると感じます。

・“格”とは合理的な目安だから、利用するところだけ積極的に利用しよう

[きものの格について]終わり